10.13
タイム・イズ・ライフ。
「そんなんじゃ、時間つぶせなくね?」
三連休中の電車内で、ふと聞こえてきた言葉。
その口調から想像していた通り、
この言葉は高校生くらいのギャル(やや厚化粧気味)が発していた。
一方の私は、連休中にも関わらず、キャリーバッグをガラガラ引いて、
お客様先に向かう途中でした。
さらに先日、やるべきことリストを気合い入れて作成し直したばっかりに、、
全然消し込めていない厳しい状況にある。
よって、時間はいくらあっても、足りないのだ。。。
そんな自分にとって、
「オイオイ、時間を”つぶす”ってことはないだろ!」
「だったら、君が潰しちゃうその時間を分けてくれよ〜」
と、つい口から発しそうになったが、
荒手のナンパに間違われるとマズイので控えた。
でも、考えてみれば、人と人で時間のやり取りができたら、
命(の一部)のやり取りをすることができるということだ。
他人の時間をもらえるとしたら、行き着く先は不老不死の世界。
でも、そんなこと非現実的なのだから、いま生きている時間は大切にすべき。
もっとも、「暇」という言葉は存在してはならないと思っている。
健康上の理由や、何らかの障害のために、時間を思うまま使えないことはたくさんあるからだ。
意志決定できる自由のありがたさを感じざるを得ない。
最近打ち合わせをしたお客様(経営者)の話を聞いていて感銘を受けた言葉がある。
「カネは、稼ぐことより、使うことの方が難しいんだよ。」
どのように、何のために、何にカネを使うのか?
たったこれだけのことで、
その人の生き様や考え方が浮かび上がってくる。
もちろん、煩悩があるのも人間。
実際、自分なんか、、ホント、しょーもないことにおカネを使っている時もある。。
でも、その中でいかにカネを使うという活動をしていくのかが人の分かれ道であり、
人の価値であると説かれた。
まさに、これは、時間にも当てはまる。
どのように、何のために、何をして時間を過ごすのか?
見えないし、無意識であることが多いけれど、その人の生き様が浮かび上がってくる。
これまでも、今も、様々なタイプのお客様や仕事上で関わりを持った人がいた。
我々は、小さな会社ではあるけれど、
小さいか大きいかに囚われずに、
今後もひとつの条件を掲げていきたいと思っている。
それは、一緒に仕事をする人々は熱量を持っていること、である。
企業経営者であれば、その熱量の注ぎ先は自分の会社になるだろう。
だから、自分の会社に熱量を注ぎ込む人とは、
お付き合いして真剣に一緒になって仕事を進めていきたい。
これがシンプルな条件であり、社名を決める際に決めた軸である。
好奇心が湧いてくる気持ち。
新たな挑戦にワクワクする気持ち。
自己の変化を厭わない気持ち。
まだ見ぬ未来を楽しみにする気持ち。
自発的にやりたい仕事をしてしまう気持ち。
熱量には、様々なカタチがあるが、
熱量があるかないかは、何となく分かる。
目の光か、その人の醸し出すニオイ。そんな感覚的な所である。
そういえば、ある人に、
「休みなのに、仕事なんて大変だね〜」と言われたが、
私にとってはこれは意味がよう分からんのです。
休みか休みではないか、は自分が決める。
だから、平日だって休むべき時は休む。
寝る時は寝る。結構、寝る。
でも、寝ている時間は死んでる時間なのだ。
遊びも仕事も両方大事で相互にリンクする。
遊びのように仕事をし、仕事のように遊ぶ。
排他的と取られるかもしれないが、
モノの根底の考え方が整合しない場合、
お互いにとって有意義な関係にはなりにくい。
それこそ、お互いに貴重な時間を無駄にしてしまう恐れもある。
大小さまざまな問題も時には目の前に展開される。
最近も、ちょっとした事態が重なっていたこともあり、みんなで話し合った。
その後、社内をうろつきながら発した言葉は、
「ビジネス共産主義からの脱却。」
あれやこれや何でも、分け隔てなく、ある意味、平等に仕事はしないようにする。
熱量がシンクロして拡大していく可能性があり、
みんなの「時間」を投じる価値のある人々と共に、熱中しながら仕事をしていく。
そこには、何かを一緒に乗り越えた時に、
カネでは買えない「オモシロさ」があるに違いないと信じている。
勝手な論理かもしれないけれど、
私たちの軸を、今一度、見つめつつ進んでいきたい。
P.S. 「時給×勤務時間」で計算した毎月の給料が振り込まれて、
わざわざ「ありがとうございます!!」と爽やかに御礼を言ってくる
当社のアルバイト君たちに、
「我々は、君たちの命(時間)を買っているわけではないよ。
もっともっと前のめりになって、オモロイことを一緒にしようぜ!」と、伝えておきたい。




