2016
07.11

メールなんて、最低な手段。

代表

日々、お客様との会話から、学ぶことが多い。
とてもありがたいことです。

こちらが、コンサルティング報酬やサービスの対価をいただきながら、
仕事をさせていただいているのに、得るものの方が多いのではないか。

そう思ってしまうほど、この仕事は有意義で、
また、そのようなお客様に囲まれていると実感しています。

活字にしてしまえば、とても普通のことなのに、
相手の発するひとつひとつの言葉に、いや、言霊(コトダマ)に反応してしまう。

なぜなら、その言葉には、
その人自身の過去の体験や、教訓が詰まっているに違いないからだ。

先日、伺った言霊は、

「メールなんて、最低な手段だ。」

である。

電話やメールでは、ニュアンスが伝わらない。
だから、伝えようとしている言葉が、
相手に誤解を与えることも引き起こしかねない。

メールで送るべきことは、伝達したい事象のみ。

事務的な連絡ならよいが、
そこに、想いやメッセージを込めるから、おかしくなるのだ。

社員を叱ったり、特に、クレームがあった時は、
必ず、その相手のところに、会いに行くべきだ。

それを、簡単だから、便利だからといって、
電話をしたり、最悪な場合は、メールを1通書けばいいと思っている。

人は、目の前で非難や主張など、言いたいことを、言い続けることができない。
わざわざ、会いに来てくれたら、なおさらである。

逆に、電話であれば、相手の顔を見れないから、言いたい放題言える。
メールなんて、なおさら、である。
大抵、炎上するのは、メールとか電話なのだ。

誠意を持って、人に接するということはどういうことか。

それをきちんと考えている人は、あまりにも少ないのだ。

また、面と向かって、クレームを言い続けるのなら、
それはもう、お客様じゃなくて良いんだ。

そう思えるくらいまで、
人とは、Face to Faceで接することを忘れてはならない。

いわゆる、人とは「ガチンコ勝負」なのだ。

あまりの迫力だったので、
今、こうして、ここで文字にしているのも、
最低な手段なのかもしれない。。

ただ、その時、この言葉は、
ビンビンと自分に響いてきた。

それは、思い当たる節があるからか?
それとも、過去に同様の体験をしたことが、いきなりよみがえってきたからか?

誰にも平等に与えられているのは、時間である。
その貴重な時間をどのように使うのか。

それも、人それぞれである。

人と会うということは、その人の時間も費やしてもらうことになる。
言ってみれば、命(の一部)をいただくということでもある。

「いただきます」と両手を合わせて、
食べ物をいただくことと同じで、

人と会う時は、
「いただきます」と心の中で唱えるくらい、その瞬間を大事にすべきなのだ。

だからこそ、今まで以上に、
「人と会う」ということを、もっと貴重な時間と捉えていきたい。

P.S 会った時は、私は全身で、「あなたモード」にて接します。

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野原健太郎

■株式会社スピリタスコンサルティング創業者兼代表 ■経営財務コンサルタント ■好きな言葉:「できた?」 ■嫌いな食べ物:「グリーンピース」 ■叶えたい夢:「史上最大のお祭りをやること。」 ■血液型:典型的B型

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